木村茶道美術館について
木村茶道美術館は昭和59年(1984)11月3日、柏崎市が所有する松雲山荘庭園内に故木村寒(かん)香(こう)庵(あん)重義翁の篤志(とくし)により開館されました。当地柏崎は、江戸時代より柏崎の背後地(十日町や小千谷)で産する越後縮(えちごちぢみ)の買い付け、京阪神地方での行商を生業とする人たちが多く、商売を終えて帰郷する際に各地のいろいろな産物を持ち帰ったことから、当地にはいろいろのコレクションが遺されてきました。現在でもこだわり人間が多くいて、いろいろさまざまなコレクションを続けているようです。
木村寒香庵翁は明治29年(1896)5月1日、柏崎近郊の旧北条村(現在は柏崎市と合併)の旧家、木村重延氏の長男として生まれました。同家39代目当主であります。大正4年(1915)早稲田大学入学、同5年アメリカ・ミシガン州バルパライソ大学に入学し、同8年卒業後イギリスを経て帰国しました。同9年県立旧制長岡中学校の英語教諭となり、翌10年には県立旧制柏崎中学に転任し、教育者として活躍しました。ちなに開館当時大変ご助力いただいた今井市長は、柏崎中学校時代の教え子でした。昭和4年(1929)教職を辞し34歳で故郷の北条村村長に就任し、同21年(1946)追放令により公職を解除されるまで、村長として活躍しました。ただし村長としての俸給は一度も家に届かずに、職員のお腹の中へ消えてしまったそうです。
茶道に関しては、若くして海外に出てナショナリズムに目覚めたせいか、戦前の英語教諭時代から市内の漆芸家でもある森三樹亭のもとで稽古を始め、ついで旧高田市にて不白流の清水宗観師について学びました。昭和47年(1972)には柏崎市で江戸千家柏崎支部の旗揚げを行い、57年まで支部長を務めました。その間、茶道教師として多くの弟子を育て、茶道の普及に努めました。
昭和58年(1983)一生をかけ収集した茶道具および先祖伝来の山林・家屋敷と約1億円相当の株券を含めいっさいを柏崎市に対し寄付の申し出をいただきました。このときの翁の心境は、所蔵の寧(ねい)一山(いつさん)の偈(げ)「応無所住而生其心(住む所を無くしてその心を生ず)」をまさに実践しとげた安堵(あんど)者の表情がありました。それを受け、柏崎市と市観光公社は翁の意志を尊重し財団法人木村茶道美術館の設立を決意し、同59年3月3日財団設立の許可を受け、同年11月3日美術館をオープンいたしました。翁満88歳米寿の御祝の開館でありました。翁は昭和61年、市功労者及び新潟県知事より功労者として表彰を受けました。
平成2年(1990)2月14日、雪国越後には珍しく雨の降る日、一代の数寄者木村寒香庵翁享年95歳で鬼籍(きせき)にはいりました。ハイカラ茶人らしく、その日はセント・バレンタインデーでもありました。
収蔵品について申し上げますと、絵画・書跡が103点。その内訳は、絵画は「仏画十六善神」をはじめ周徳・雪村・松花堂、大津絵など、書では後水尾天皇宸翰(しんかん)、定家消息、愚(ぐ)極(ごく)・玉舟・良寛・仙厓などの墨跡、鈴木牧之(ぼくし)・福沢諭吉・副島種臣などの書が収蔵されています。茶碗では、大井戸・黒織部・空中・人形手、楽は長次郎より当代まで歴代が揃う20点を含め、78点。茶入・薄茶器類39点。茶杓23点。水指32点。花入56点。香合25点。風炉・硯箱(すずりばこ)・台子・茶箱・鉢皿などが400点余りでスタートいたしましたが、平成7年(1995)に元柏崎市長夫人三井田梅乃氏のご遺族により掛物・茶碗など69点の寄贈がありました。そのほか備前の人間国宝藤原雄氏、京都の河合紀氏、信楽の神山清子氏、柏崎出身で瑞浪市の近藤精宏氏らによる美術品の寄贈、また地元有志によるご寄付により、収蔵品の内容は着実に充実し続けております。
つぎに当館の施設についてご紹介申し上げますと、展示室が二室あり、年2回それぞれのテーマを決め展示を行っています。
そして、当美術館最大の特長は、18帖の茶室において館蔵品の茶道具を実際に使用して、席主が説明を行いながら点前をし、毎日お茶席を楽しんでいただける点にあります。国宝や重文はありませんが、通常はガラス越しに見るだけの茶道具を実際に手に取り使って楽しめるということが出来るのは、唯一当館のみと自負しております。これは収集者の寒香庵翁の「使ってこそお道具であり、使わなければお道具が死んでしまいます。」との考えから、開館以来この方式を取入れてきました。このお茶席は、来館者には大変喜ばれており、感激されてお帰りになるお客様も多く見受けられます。
終わりに、当美術館は故木村寒香庵翁の無私の行為に感激した人達と翁に教わりお世話になったお弟子さん達のボランティア精神により成り立っている組織です。小なりといえどもキラリと光る施設となり、お客様に喜んでいただけますよう最大限に努力する事は、理事長・館長以下全員が翁の心に応えるものと考えております。翁は日頃お茶の心を説いて「一服のお茶をいただきながら、美の世界を享受すること」と言っておりました。
幾世代にもわたって引き継がれてきた美術品を生かして、美しいものをより美しく磨き上げながら、来館者の皆様にひとときの別世界をお楽しみいただけますよう、いっそう努力したいと念じております。